サラ・ヴォーンが死去した。享年66歳。死因は肺がんによるというが、現役女性歌手では実力、人気いずれも最高峰にあっただけに非常に残念である。

　サラはエラ・フィッツジェラルドやカーメン・マクレーと共に“御三家”と称され、長らくジャズ・ヴォーカルの頂点に位置してきた。戦前40年代にバードやガレスピー、マイルス、デクスター・ゴードン、アート・ブレイキーなどと当時最前衛のビ・バップを演奏したのが彼女のキャリアの始まりだから半世紀に及ぶ。

　途中、スランプの時期もあったが、70年代後半頃から新境地を開き、円熟味を増した歌唱力で高い評価を受け、80年代後半まで充実した活躍ぶりだった（日本では８年間連続人気投票トップで毎年のように来日した）。エラやカーメンが最近は低調で、サラが一人で女王の貫録を示していただけになんとも惜しまれる死だ。

　さて、サラが死んで寂しくなった女性ヴォーカル界だが、その憂いをはねのけるかのようにカサンドラ・ウィルソンが力作アルバム《ジャンプ・ワールド》（ＪＭＴ）を発表した。カサンドラは1955年生まれで、サラとは親子ほども年齢が異なるが、デビューの仕方も歌唱の実力もサラと似たところがある。

　カサンドラは85年にデビュー作《ポイント・オヴ・ヴュー》を発表して話題になったが、サラが昔、バードやマイルスをバックに衝撃的に登場したように、カサンドラはスティーヴ・コールマンたちの80年代前衛派を率いた斬新な音楽で刺激的にデビューしたのである。

　アルバムは四作目に当たるが、前作《ブルー・スカイ》（89年ビルボード誌ベスト・ジャズ・アルバム）、前々作《ディズ・アゥェイ》も素晴らしい出来であり、実力的には並みいる若手女性歌手の中でナンバー・ワンと目されている。四作のうち《ブルー・スカイ》だけは、古典的スタンダード集であるが、他のアルバムは今作も含めてオリジナル集であり、シリアスな演奏とポップな感覚が鮮やかに合体した強力なコンテンポラリー・ジャズだ。

　古典も前衛も自在にこなしてみせるカサンドラのスケールの大きさは圧巻、まさにサラの後継者にふさわしく、カサンドラは90年代の新女王といえよう。