ビル・エバンスが世を去って、早いもので十年がたつ。完璧なテクニックと繊細なリリシズムで一時代を築き、天才の名をほしいままにした彼の偉大な業績は死後も全く光沢を失わず、今なお多くの追悼盤がひきも切らずに発表されている。

　現役のピアニストにとって、エバンスが究めた方法とフォルムはいまだに巨大な目標であり続けていることに他ならないが、このほどユニークな追悼アルバムがさらに一枚加わった。エバンスの名声を確立した50年代後半の名パートナー、ドラム奏者ポール・モチアンが《ビル・エバンスに捧ぐ》（バンブー）を発表したのだ。

　ビル・エバンスがマイルス・デヴィスのバンドから独立して自己のバンドを結成し、べースのスコット・ラファロ、それにポール・モチアンとの黄金トリオでジャズ史に残る数々の名演奏を遺したことは余りにも有名だが、唯ひとりの生き残りとなったモチアンが満を持して追悼盤の録音に踏み切ったのだ。

　ユニークなのは、ピアノ抜きのクワルテット編成でエバンスの曲に挑んでいることだ。全盛期のエバンスの音楽を共に創ったモチアンには、エバンスの代役を務められるピアニストは存在しないのだろう。モチアンは、ギターのビル・フリゼール、テナーのジョー・ロバーノというレギュラー・メンバーに、最晩年のエバンスのパートナーのべース奏者マーク・ジョンソンを加えて、大胆なアプローチを行なったのだ。

　今までのピアニストによるエバンス解釈が、逆にエバンスの存在の大きさを際立たせることになったのに対し、モチアンの方法論はエバンス世界から自由に外部に開かれている。おそらく、完璧なエバンス世界の一部を彼が過去に形成していたゆえに、それが可能だったのだろう。

　彼にとってはエバンスを再現することではなく、可能性としてのエバンス音楽が重要なのであり、それが盟友に対する最大の追悼と考えたのではないか。

　エバンス以後、キース・ジャレットやジェリ・アレンをサポートしてきたモチアンのフレキシビリティが感じられ、実にスリリングな力作となった。