ある一点に、星のように瞬く明るい青、それが周囲の青の深さを押しひろげる。時の移ろいの中で、青の全体が明るさを増し、空間の別の次元を開いてゆく。

この意識の変容は、未明の幻想なのか、それとも覚醒した視野がもたらす明澄な出来事なのか。

そのどちらとも言い難い曖昧な感覚の宙吊り状態のままに置き去りにされて立ち尽くす。

辛うじて、ゆるい紐がからまり合うような因果関係と曖昧な気配の筋道を見分けながら、感覚が水のように流れる状態を知覚している。

気象や重力の絶え間ない変化による影響。方向と距離を測定する装置は、基準と安定を奪われ、観察の道具としてはすでに役に立たない。

不思議な懐かしい浮遊感。かつて、生命のパルスが宇宙空間に抱かれていた記憶に寄り添う、物質の中の永遠。瞬間の出来事。

IKB。インターナショナル・クライン・ブルー。

重さと、深さと、情感を超えた、観念が行為するための色彩。

その色をかたどるため、キャンヴァスは宇宙そのものと同じモデルとなり、対象の世界となる。そのとき、絵の観者とは？　表面の青の彼方に無限の痕跡を反照させ、空虚という名の充溢を実現する秘儀の実行者。

拡散と収斂が同じ意味を所有する、方向性と距離感を失ったエーテル状の広がり。

この無重力空間での幻覚体験は音による秘儀を思わせる。

音楽史から切断された、孤絶の夢想。大地と結びつく民族的な音の起源を持たない、地図も羅針盤もない漂流。

旋法やコード進行にもとづく即興とドラムの動きに、わずかながらジャズとの関連が見出せるとはいえ、ブルーズの感情も無く、スイングもダンスも無く、ジャズの核心と結びつくものはまったく存在しない。

漂白された精神の形象がいくつもの青の階調の中をゆっくりと静かに移り変わっていくだけだ。

自然を前にして、意味も無く、感情も無く、ただ、すべてがそこに在るという事実だけを奇跡的な神秘として自覚する、そういった精神の状態が透かし見える。

意識は、上下左右、遠近の感覚から開放されて、参照点を持たないまま、音と一緒になって漂流する。

そのうちに仮想の重力が生じ、運動の感覚を知覚し、音に対応しながら空間が傾き、ゆがみを見せ始めていく。サイズや濃淡の変化によって、宇宙の断層に滑り込むような加速感と浮力を得る。

これはトリップ（幻覚）なのか、疑わしい気分になる。

なぜなら、意識は常に同時に目覚めていて、そこから瞬時に離脱することはいつでも可能なのだから。

堀内宏公
Hiromasa Horiuchi