［註記＝これらの作品では生楽器の音響成分、倍音構造が、リアル・タイムで電子制御されてスピーカーから同時に流される。シンセサイザーは使われていない。］

1985. 6. 28.

大熊隆文
Takafumi Ohkuma

　アムステルダムのスタイム電子音楽スタジオ、ユトレヒトのソノロジー研究所、エルランゲンのコンピュータ・スタジオ、ヒルバーサムのセム・スタジオで活動。

　ドイツ学術振興会、ドイツ連邦共和国政府、オランダ文化省から数多くの奨学金を授与される。1980年に「ヨーロッパ・ミニマル・ミュージック・プロジェクト」を結成。1983年、コンセルヴァトワール・アムステルダムより「作曲賞」授与。1984年、「ミュージック・プログラム・デザイン」の協同主宰者。

　その後は現在に至るまで、音や空間の内的秩序を加工・再配置して象徴的な意味を浮き彫りにしつつ、所与の条件から抽出または引用したミニマルな音響をブリコラージュする作風で、オランダを拠点に、サウンド・アーティストとして活動を続けている。

　このECM盤に収録された二つの作品の内、『ピアノ』は1980年にブレーメン放送の実験音楽祭「プロ・ムジカ・ノーヴァ」で初演されている。「ピアノ、エレクトロニクスと磁場のための」という副題を持ち、振動・共鳴する弦の現実音とその倍音列を電子制御でリアル・タイムに変成した音響が重なり合う。もう一曲の『ハープ』も、これと同趣向の作品である。なお、本アルバムは2008年現在、未だＣＤ化されていない。

　ところで、ミヒャエル・ファーレスは、このECM盤のリリースの前年の1984年に、来日してコンサートを行なっている。アビラック・ミュージック・コミュニティセンター主催の音楽祭『今、電子音楽は？──30才になった電子音楽』（1984年9月25日、26日、28日、29日：バリオホール）の招待作曲家として、ミヒャエル・ヘーニヒ、ローランド・プフレングレ（プフレングル）、ディルク・ライトの三人の作曲家と一緒に来日して、自作の演奏に立ち会った。併せて、演奏家陣も、ミヒャエル・ユリッヒ、スザンネ・アヒレス、マルティン・シュルツ、ギデ・クネーブッシュ、ハリー・スパルナーイ、平山美智子、ドナルド・プレストンが来日。この音楽祭では、メディア上に固定された音源を再生する「電子音楽」ではなく、実際のステージでの演奏をライヴで電子制御することによる表現、しかも、そこにコンピュータを介在させた作品が主に特集・紹介された。後日、ほとんどのプログラムがNHK-FM「現代の音楽」の時間に放送されたが、それはこのフェスティヴァルの企画・構成者をNHK電子音楽スタジオの上浪渡氏が務めていたこともあってのことだろう。

　このときに演奏されたミヒャエル・ファーレスの作品は二曲。《グラス・ハープ（ガラス・ハープ）》［ハープ・ソロ、トュルツァー・ガーベル、トーンライター、グラス・パーカッション、エレクトロニックと８つのマグネティック・フィールドの為に］（1983）［註＝上記公式サイトの作品表によれば1982年の作曲］、そして《変性》［バス・クラリネットとコンピュータの為に］（1984，世界初演）であった。《グラス・ハープ》では、冒頭、ステージに置かれた巨大な人の背丈以上のガラス板がハンマーで粉砕され、その破壊音がコンピュータで電子変調されて作品の鍵として用いられる。粉々に砕けて飛び散るガラス片とＰＡから轟いた爆音は、今でも耳と目の記憶として強烈に焼きついている。

　さて、以下に、この二作品についてファーレス自身が記したプログラムノートを御紹介したい。1980年代初頭、ヨーロッパでミニマル・ミュージックを切り開いていた作曲家の創作手法を知ることができる意味で貴重であり、またこれらのテキストは、ECM盤に収録された作品をより深く理解するための一助にもなるかと思う。

堀内宏公
Hiromasa Horiuchi

ミヒャエル・ファーレス

　私はハープを弦楽器として扱うが、それと共にトーンライターとトュルツァー・ガーベルを使う。この２つの楽器は、ミヒャエル・ユリッヒの協力を得て、1981年に彫刻家トーマス・ローターがエッセンの〈遊びと響きのストリート〉のために設計し、製作したものである。トーンライターは、共鳴箱の中に立てられた８段の木のはしごである。そして、はしごの段から段には、動物の筋が張り渡されている。たとえば弓やバチで演奏すると、はしごの前に張られた動物の皮が響くことになる。トュルツァー・ガーベルは、ふたまたに分かれた大きな柳の枝で、横と縦の方向にいろいろな動物の筋が張り渡されている。この筋は、とくに裂け目をつけられ、こすられる。そして、右角に向き合っている２つの共鳴箱が、この響きを強める。この２つの楽器の音は、接触マイクロフォンを使って聴取される。

　ハープの８本の低弦（金属弦）は、磁場をもつ８本のコイルに接続したターミナルを通して、コンピューターによって共振させられる。すなわち、弦は〈自動的に〉奏されるのである。このプロセスはライヴで行なわれる。こうして、コンピューターはこの作品の中で独立したリアル・タイムの楽器なのである。

〔コンピューター・プログラム〕

　ターミナルのテレビ・スクリーンにはっきり見ることができるコンピューター・プログラムは、自動的に、または記憶された情報で動いているのではない。どの響きのプロセスも、オペレーターがターミナルのキーを操作することによって開始され、制御される。

　１から８までの数を押すことによって、コンピューター操作者はどのパート、すなわちどの弦が新たな司令で変えられるべきかを示す。８つのパートすべてが同時に影響を受けることもありうる（キー：0）。

　コンピューターは、デジタル情報をアナログに翻訳するD-Aコンバーターの助力を得て、８つの発振器の振動数を制御する。この８つの発振器は、ハープの弦を動かす８本のコイルにさらに影響を及ぼす。この弦の響きは８本の接触マイクロフォンで増幅される。そして、この拡大も再びコンピューターによって制御される（D-Aコンバーター、VCA）。

　＋ または − のキーを押すことによって、音量調節器におけるように、テレビ・スクリーンで弦の音量を調節することができるのである。

　どの発振器も異なった10個の振動数を得るが、これは《グラス・ハープ》の場合には和音的倍音列に一致している（基音と９つの上音）。こうして、合わせて80の異なった音高を作り出すことができるが、各弦の倍音の位置は調整されていないので、あらかじめ算出された音階から出発することはできない。すなわち、それぞれの音は調律されねばならないのである。調律とは、各発振器の電圧が倍音の振動数に合わなければならないことを意味している。そうすると、弦の倍音がはっきり聞こえるのである。この調律のプロセスは、キー resonantie∧，∨，Home で解除される。

　振動数の間の移行には、跳躍の場合と滑らかに行なわれる場合とがある。すなわち、２つの音は相前後して聞かれるか、または２つの音の間のグリッサンドとして聞かれるのである（キー glissando op/near; toon）。グリッサンドは、直ぐに第９上音または基音に進むこともできる（gliss., near plafon/bodem）。電圧をコントロールするアンプで共振音が〈脈動して〉再現されることによって、各倍音にはリズムをつけることもできる（ritme）。

　各パートは、音高に関しても調整されうる（例えば d, dis, des; zichzelf, kruis, mol）。このプロセスは、作品の中で重要な役割を果たす。ハープの調律された弦 dis に対して、発振器の電圧を例えば des に離調させると、共振は減らされる。こうして、コンピューター操作は音響にアクセントを付ける。各パートは、しゃ断されうる（uit; clock uit）。

　また、発振器の音響は直接に増幅される。発振器は音響面として（liggende VCO”s wel;）、またはリズムを付けて（VCO リズム）聞くことができる。

　弦の音量レベルは、アンプ復調器でさまざまな電圧量に移される。これらの価は、グリッサンドの速度とリズム構造を思い通りに決めることができる（detektie）。そのほかに、演奏者はリズムを手で選ぶこともできる（hand）。

　作品の韻律はコンピューターによって決められる（clock 38）。クロックによる拍節は、メトロノームにおけるように変えることができる（sneller/langzamer）。

　作品の冒頭で、ハープは送風機で〈自然に〉振動させられる。この音響発生は、ギリシア神話の風神アイオロスが奏した古代のエオリアン・ハープにあたるものである。オーストラリアのブル・ローラーによるうなりを通して、風だけを聞くこともできる。

　私は、共振によって生じるハープの透徹した音響で、さまざまなガラスの楽器の使用を連想した。破片となって飛び散りながら、ぶつかり、触れあうガラスは、作品の音響構造を広げる。

　私は、ハープを弦楽器として適切であると考えた。音域が広いばかりでなく、弦が目で見えるので、〈弦〉というテーマを明確に扱うことができるのである。音響が生み出されるプロセスも、ピアノの場合のように共鳴のためのケースで隠されてはいない。

　すべての楽器の演奏は大気または接触マイクロフォンで増幅される。１本の弦のさまざまな倍音の音量の違いは、大きなニュアンスを生み出す基礎になっているので、手を使って音量調節器で均等化することはできない。音量レベルを調整するために、８つのコンプレッサーが用いられる（COMPR）。

　《グラス・ハープ》で用いる楽器類は、３つの文化に固有な語法を表わしている。トーンライターとトュルツァー・ガーベルは、材料に機械を使わずに製作された自然楽器である。ここには、自然音、音楽の源への追想が明らかである。ハープはロココの楽器であり、宮廷や貴族の世界を表わしている。機械であるコンピューターは、今日のわれわれの技術の時代、オートマティックのプロセスと論理的な思考の時代を象徴化している。作品の中で、私は記譜する方法においても、内容の面でも、これら３つの時代を解釈しようと試みた。《グラス・ハープ》において、これらは互いに排斥するのではなく、戦いあう。音響の緊張関係の中で、対立しているのである。

「もはや完全には秩序立てられていないものと、品位がある重要なものから戯れに変質したもの」（トーマス・マン）

　アップアールトは、自然の音響プロセス、つまりロマン派の和声に対する私の反発を示している。アヴァンギャルド的に解釈された、現在流行のこの歴史的回想、そしてその結果生じた、まとまりと心地よい響きを探求する音楽形式、これは不均衡な力関係とテクノロジーによる画一化で成り立っている末期資本主義社会におけるひとつの解決策である。しかし、この精神的態度は偽りであり、こじつけである。というのは、それは問題を近視眼的に、性急に解決しようとし、社会的発展を無視することによって押え、それを建設的に扱っていないからである。アップアールトとは、人間の本来性の固定を意味している。しかし、それは偽りの解決であるので、最終的には変質し、衰退を運命づけられている。

　私の行為であるエントアールトは、音楽を機能的原理に基づいて表現する。社会的および文化的現実を認識し、それを利用することによって機能を果たす音楽は、倍音列の法則における定義と同じ割り合いで、調性と無調性を用いる。個性は除外されている。作曲家は、論理的プロセスだけを考慮する。したがって、論理は理性と感情との緊張関係に見出されるのではなく、それ自身の美的観念を述べる。われわれは工業社会から情報社会へ飛躍する時代にあるので、音楽においてもコンピューターとの対決が前提とされるであろう。